一ツ橋⑧ 国際化の問題自体は、
2021年4月29日 日常
国際化の問題自体は、教育の世界でも別に新しくはない。経済の国際化とともに、海外で生活し教育を受けた、「帰国子女」の数が急増し始めたのは、もう何年も前のことである。日本語の力が十分でなく、ものの考え方や行動の仕方が微妙に違った、これら「帰国子女」を、同質的で排他性の強い我が国の教育の場に、どう迎え入れるかは、たちまち教育問題から社会問題になった。
この「日本人にとっての日本人教育」という奇妙な問題については、これまで、なにごとにも反応の遅い教育の世界では、異例なほど速やかに、政策的に手がうたれ、改善がはかられてきた。残された問題は少なくないが、制度的にはほぼ対応がすんだとみていいだろう。
それに代わって、いくつかの新しい困難な問題が登場してきた。そのひとつは「外国人にとっての日本人教育」、あるいは教育における「輸出入」とでもいうべき問題である。海外に住む日本人が増えれば増えるだけ、その子どもたちの教育問題が出てくる。
そうした子どもたち対象の、私学の海外進出が目立って増えた。分校を海外に設置して学生を送りこむ私立大学も出始めた。企業と同様に、学校もまた海外に進出し始めたのである。
この「日本人にとっての日本人教育」という奇妙な問題については、これまで、なにごとにも反応の遅い教育の世界では、異例なほど速やかに、政策的に手がうたれ、改善がはかられてきた。残された問題は少なくないが、制度的にはほぼ対応がすんだとみていいだろう。
それに代わって、いくつかの新しい困難な問題が登場してきた。そのひとつは「外国人にとっての日本人教育」、あるいは教育における「輸出入」とでもいうべき問題である。海外に住む日本人が増えれば増えるだけ、その子どもたちの教育問題が出てくる。
そうした子どもたち対象の、私学の海外進出が目立って増えた。分校を海外に設置して学生を送りこむ私立大学も出始めた。企業と同様に、学校もまた海外に進出し始めたのである。
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