技③ 今から90年ほど前、ハンガリーの田園地帯に
 今から90年ほど前、ハンガリーの田園地帯に、民家を訪ねて回る男の姿があった。男は、年配の女性たちに「古い歌」を歌ってくれと熱心に頼んだ。妙な依頼を迷惑がられたり、全く相手にしてもらえなかったりと、苦労を重ねながら、男は忍耐強く調査を続け、埋没しかかっていた多くの民謡を収集した。彼の名はバルトーク。20世紀を代表する作曲家の一人である。
 彼が民謡を記録するのに用いた方法は、録音と採譜であった。録音には、ろう管録音機が使われたが、当時ろう管は高価であり、すべての歌が録音されたわけではない。一方、彼は歌を聞き取りながら音符に写していった。採譜は後年になるほど詳しくなっているという。中には、リズムや音程の微妙な変化ばかりでなく、歌い手がつばを飲み込んだことまで記されているものもある。
 さて、今ではデジタル方式の録音や録画が簡単にできるようになった。バルトールの時代から見れば、信じられないような進化である。ただし、せっかくの記録も活かされなければ意味がない。バルトールの場合、丹念に民謡を記録した経験が創作の基盤になったという。私たちも豊富な記録を有効に活かす方法を求めていきたいものである。

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